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山口恵里の“現場に行く!”2025年3月号
「第64回 株式会社柳屋奉善」
皆さん、こんにちは!スモールサン事務局の山口恵里です。
「山口恵里の“現場に行く!”」第64回は、三重県松阪市の老舗和菓子店『柳屋奉善』の18代目 岡一世さんにお話をお聞きしました!
柳屋奉善さんはなんと天正3年(1575年)創業、実に450年もの歴史ある老舗の和菓子屋さん。その歴史は「戦国茶人」である蒲生氏郷公お抱えの菓子屋「御菓子司(おんかしつかさ)」として始まりました。氏郷公にも献上された看板商品である銘菓『老伴』が持つ歴史。そして2024年度松阪市ハンズオン支援事業に選ばれ、松阪市の伴奏支援のもと取り組んだ起源原料を使用し復刻された「御茶席用 老伴」など。
その歴史とストーリー、そしてお菓子の魅力に迫ります!
【会社概要】
会社名:株式会社 柳屋奉善
住所:〒515-0083 三重県松阪市中町1877
松阪駅より徒歩 約7分
電話番号:0598-21-0138
営業時間:9:00~18:00
定休日:火・水
Webサイト:https://www.oinotomo.com/
450年の歴史!銘菓『老伴(おいのとも)』
〜「老いてからも仲よく穏やかに」〜
山口:「老伴(おいのとも)」というと松阪で古くから愛されている伝統の和菓子ですよね。
岡:「老伴」は当社の看板商品で、天正3年(1575年)に作られたお菓子です。近江日野の城主で「戦国茶人」の蒲生氏郷に献上したのが始まりです。
山口:天正3年!450年もの歴史があるんですね!
岡:一般的に最中というと2枚の皮でこし餡や粒餡を挟んだものを言いますが、当社の「老伴」は独自製法の片面のみの円形最中に、餡ではなく「紅羊羹(べにようかん)」を流し、その表面に糖蜜を塗って刷りガラス状に乾燥させた珍しい和菓子になっています。また、真紅の羊羹は「日の丸や太陽」を表していて、最中には「延年」という文字とその真ん中に幸せを運ぶといわれている「鴻」が象られていて、これは「飛鴻延年」という幸福と長寿を表す紋様になっています。
山口:羊羹の上品な甘みと最中のパリッとした香ばしさのハーモニーがとても味わい深いお菓子ですね。「老伴」という名前には、どんな意味があるのでしょうか?
岡:これは、中国の詩人 白楽天(白居易) の詩「老伴無如鶴(ろうはん つるに しくはなし)」 から取られたと言われています。意味としては、「年老いるまで添い遂げるのは鶴に及ぶものはない」というようなものですね。そこから転じて、「鶴のように千年もは生きられないけれど、老いてからもともに穏やかに仲よく過ごしましょう」という意味が込められています。
山口:長い歴史と想いが込められた伝統のお菓子ですね。
「戦国茶人」に愛された献上菓子
〜歴史を紐解き感じるロマン〜
山口:引き続き、柳屋奉善さんの歴史について教えていただけますか?
岡:先ほども少しお話しましたが、当社の創業は天正3年(1575年)で、近江日野の城主・蒲生氏郷公に仕える「御菓子司(おんかしつかさ)」だったと伝えられています。つまり、氏郷公のもとで、お抱えの菓子屋として仕えていたんですね。その後、天正16年に豊臣秀吉の命で氏郷公が松阪を築くのに伴って居を移し、現在もこの松阪で商いをさせて頂いております。
山口:氏郷公というのは、どういった方だったんですか?
岡:戦国時代から安土桃山時代にかけての武将なのですが、文武両道の名将であったと言われていて、天下人の織田信長や豊臣秀吉からも高く評価されていました。また、千利休の高弟7名にその名を連ねるほど茶の湯に深い造詣があったことでも知られていて、私は氏郷公を「戦国茶人」と表現しています。
山口:なるほど、お茶席にはお菓子が必要ですもんね。それでお抱えの菓子屋として、老伴を献上されていたんですね。
岡:はい。柳屋奉善の初代・市兵衛が、習字の硯石として使っていた瓦に描かれていた「飛鴻延年」の紋様を見つけ、それに生地を押し当てて最中皮を焼いたのが始まりで、そのため当時は「古瓦(こが)」という名前で献上されていました。氏郷公はこのお菓子の改良にも知恵を貸し、便宜を与えたと伝わっています。当時は最中皮に羊羹ではなく丸く餡をのせていて、「日の本・太陽」を表すために当時純金と同じくらい高価だった本紅を使わせました。
山口:戦国茶人である氏郷公が気に入り、自ら改良に手を貸したお菓子ですから、きっと位の高い方とのお茶席でも召し上がっていたんでしょうね。
岡:その後氏郷公は松阪を離れることになりましたが、当社はその後も代々の城主に出入りし、その中で餡から現在の羊羹ダネへと変わっていきました。江戸時代にはお伊勢参りの流行などもあって伊勢土産のお菓子としても知られるようになります。そして江戸時代後期の文化2年(1805年)、松阪の豪商の三井高敏氏が羊羹ダネと最中皮の「和」を褒めて、「老伴無如鶴」という詩から「老いののちもともどもに」という意味を込めて『老伴』と名付けました。
山口:こうした歴史を知ると、老伴を食べることで歴史のロマンも感じられますね。
変わらなければいけないからこそ「原点」を見つめ直す
〜松阪市ハンズオン支援事業で「復刻版」の開発へ〜
山口:今回柳屋奉善さんとは、松阪市のハンズオン支援事業でご縁を頂きました。このハンズオン支援というのは、松阪市が市内の中小企業・小規模事業者から1社を選んで集中的に伴走支援するというもの。あえて1社に絞ることで、ヒト、モノまた機会などを切れ目なく支援し、企業経営力の向上を目指すという自治体初の取り組みです。スモールサンでは、初回からこの支援事業に協力をさせて頂いています。
柳屋奉善さんは2024年度(令和6年度)のハンズオン支援事業の対象企業として選ばれましたが、どういった課題を感じて応募されたのでしょう?
岡:実はハンズオン支援事業には以前も応募したことがあって、今回2回目で採択されたんですよ。
山口:そうだったんですか!
岡:これだけ世の中が変化していく中で、自分たちも変わっていかなければいけないという焦りがずっとありました。当社は元々「献上菓子専門」だったわけですが、今はそういう職業自体がないわけです。皇室への献上などもさせて頂いて、地元の方々にも受け入れてもらって、でもそういったものだけで広く大勢に知ってもらうというのは成り立たなくなってきています。それで最中に注目して、クラッカーと最中をかけた「モナッカー」という言葉を作って、小さい最中皮に小豆のアヒージョをのせたりという挑戦をしたんです。経営状況も厳しく不安もありましたので、松阪と関係の深い当社は松阪市と一緒に歩むのがいいんじゃないかと考え、それでハンズオン支援事業にも応募したのですが、残念ながらその時は採択されませんでした。
山口:企画としては面白いですが、確かにただ何かを新しくするというのでは勿体ない気がしますね。
岡:そうした中で、紅麹問題が起きました。問題の企業のものではないのですが、当社の羊羹でも紅麹を使用していますので、かなりの風評被害がありました。それで、これは逆に「赤を見直す」機会なんじゃないかと思ったんです。当初は餡だったのが紅羊羹に変わったように、老伴も長い歴史の中で変わってきています。それで一度原点を見直し、「復刻版」老伴を作ったらいいんじゃないかと思いました。それで再度ハンズオン支援事業に応募したところ、採択していただけたんです。
山口:誰しも時代に合わせて変化はしていかなければいけません。でも、長く続いている商品には、続くだけの価値があります。その歴史と価値を改めて見直し、明確にすることは大切な第一歩ですね。
「御茶席用 老伴」
〜歴史と原点を見つめた、こだわりの高級茶菓子〜
山口:今年の1月に、復刻版老伴が完成されたそうですね!どういったお菓子になったんでしょう?
岡:「起源原料」である本紅は、当時と同じ製法で作られている「御料紅」を扱っている会社さんが一社だけあり、その本紅を使用することで老伴本来の赤色にこだわりました。また、文献を調べる中で、当時の老伴には白小豆が使われていたことも分かりました。そこで、今回の復刻版では北海道産の白小豆を使用しています。時代の流れの中で現在の老伴は小豆色に近い羊羹ダネになっていますが、戦国茶人である氏郷公が「監修」し、当時非常に高価で貴重だった本紅と白小豆を使って表現しようとした「日の本・太陽」を再現することで、そういった歴史的な背景も感じて頂けるとお菓子になっています。また、最中も文献にある伊勢米を使用していて、伊勢の国 松阪に根付いたお菓子であることをより感じて頂けると思います。
山口:氏郷公のこだわりも感じられて、食べながら歴史に思い馳せてしまいます。
岡:また、ただ当時のものを復刻するだけではなく、資料に基づく新しい「御茶席用 老伴」として開発しました。戦国茶人氏郷公へ献上したお菓子として、小さいけれど格式のある、特別な席で大切な人と召し上がって頂くのにふさわしい高級茶菓子としての位置づけを持たせたかったんです。その為パッケージにもこだわりました。現在の老伴は平ですが、もともと献上菓子であったことを表現するために、奉納というイメージが伝わりやすい立体的なデザインにしています。
山口:歴史と伝統だけでなく、同時に新しさも感じさせる老伴ですね!
復刻を通して再定義された『老伴』のブランド価値
〜その歴史やストーリーを「軸」に更なる挑戦へ〜
山口:復刻版の老伴を完成させたことで、何か新たに見えてきた展開はありますか?
岡:新作「御茶席用 老伴」を披露するため、1月に初釜式を開催して皆様にお召し上がり頂きました。店頭でも2月までは日曜日限定で販売しているのですが、大変ご好評を頂きまして午前中で売り切れてしまうこともあります。今後は特定の時期に販売する特別なお茶菓子として展開していきたいと思っています。実は今度あるお茶会で使って頂けるとのことで、大口のご注文も頂いています。
山口:おお!早速、復刻による老伴のブランディングが活きていますね!
岡:また、今回の復刻への取り組みで、私自身が知らなかった歴史を知ったり、改めて「老伴」に込められた想いを感じることができました。「老いののちもともどもに」という意味の名は、大切な誰かと一緒に食べて欲しいという想いです。現在の老伴には大きいサイズのものがあって、切り分けて食べられるようになっているんです。今は昔よりもずっと簡単にお菓子が食べられますが、甘いものを食べる時くらいは仲のいい人たちと一緒にお茶を飲みながらゆとりのある時間を過ごしましょうというメッセージですよね。格式のあるお茶菓子として老伴のブランド価値を再定義するとともに、そうした老伴のルーツや意味をより深く伝えることが重要だと感じています。
山口:ただ食べるというだけではなく、食べることで歴史や文化、ストーリーを感じることができるのは450年という歴史を持つ老伴の最大の魅力であり強みだと思います。復刻を通して、柳屋奉善さんの「軸」となる部分が改めて明確にされたのが素晴らしいですね。時代に合わせて変わらなくてはいけない部分、逆に変えてはいけない部分があり、太い「軸」があるからこそ変わっていけることがあると思います。本日はありがとうございました。