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山口恵里の“現場に行く!”2024年2月号
世界で起きる「ミツバチの大量消滅」
今月の別刊ニュースはいつもと趣向を変えて、今社会で起きている問題を取り上げてみたいと思います。
今回のテーマは、「ミツバチの減少」です。
2000年頃から度々話題になってきたのを耳にしたことのある方もいるでしょう。とはいえ、「今世界でミツバチが減っていて、それがどうも相当深刻なことらしい。」そんな情報は知っていても、具体的なことはピンときていないという人も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、今ミツバチに関わる世界で何が起きていて、それが私たちにどのように影響するのか。そして、そこから私たちが感じ取るべき教訓とは?山口教授との対談でまとめてみました!
今、世界各地で起きているミツバチの大量死
恵里:ミツバチが減少しているという話は私も以前耳にしたことがあるのですが、そんなに大規模な問題なんですか?
山口:最近だと韓国で起きている「ミツバチの大量消滅」が注目を集めたね。それがどのくらいの規模で起こっているかというと、韓国養蜂協会によれば、2022年、23年と2年間で協会所属農家の巣箱154万個のうち、 なんとその61.4%に当たる94万個でミツバチが消えてしまったらしい。
恵里:え!たった2年で半分以上がいなくなったって事ですか!?
山口:そうなんだ。巣箱1つに1万5000〜2万匹のミツバチが棲んでいるそうだから、少なくとも141億6000万匹以上のミツバチが死亡・行方不明になっちゃったということになるね。ミツバチの大量消滅は、実は2000年代に入って以降、韓国のみならず世界各地で起きているんだ。アメリカやヨーロッパでは2006年10月頃からミツバチが大量に消えてしまう現象が発生していて、アメリカ本土では36州で同様の現象がみられ、既にミツバチ全体の4分の1が消失したとされている。
恵里:世界の各地でミツバチが減ってきているんですね。
山口:これは「蜂群崩壊症候群(CCD [Colony Collapse Disorder] )と呼ばれていて、3つの特徴がある。一つ目は、短期間に群れごと大量に消えてしまうこと。先ほどの言った通り、養蜂家が保有するミツバチが僅かな期間で大量に失跡してしまうんだ。二つ目は、蜂の死体が見つからないこと。巣箱に女王蜂や幼虫だけを残して、突然大量の蜂がいなくなるが、巣箱の中や付近には蜂の死体が見つからないんだ。
恵里:え!そうなんですか!?
山口:だから「失跡」なんだ。女王蜂や幼虫が残っているのに、餌として蜜や花粉を巣に持ち帰るべき働きバチがいなくなるので、残っていた個体もやがて死減してしまう。そして三つ目が、原因不明だということ。ヨーロッパでは、農薬の使用がミツバチの被害につながっている可能性があるとして、2013年にある種の農薬の使用の制限を決定したそうだ。アメリカでも、2015年に4種類の農薬の新たな使用方法を承認しないことを公表した。ところが、その後も蜂群崩壊症候群はなくなっていない。
恵里:まるでミステリーですね。
ミツバチがいなくなると世界が崩壊する?
恵里:世界規模で起きている問題であることは分かったのですが、とはいえミツバチがいなくなることの何がそんなに困るんでしょうか?ハチミツが採れなくなってしまうとか・・・。
山口:確かにそれもあるけど、ミツバチのマーケットで重要なのはハチミツよりも「受粉の媒介」なんだ。日本では1968年にイチゴの栽培で初めてミツバチによる受粉が行われていて、日本の農業生産でミツバチによる受粉の経済貢献度は統計的に約6,700億円とも言われている。
恵里:すごい規模ですね!
山口:2011年の国連環境計画(UNEP)の報告によれば、「世界の食料の9割を占める100種類の作物種のうち、 7割はハチが受粉を媒介している」とされている。つまり、作物の花粉交配のだめの花粉媒介者(ポリネーター)として、ミツバチは人類にとって重要な存在なんだ。物理学者のアインシュタインは「ミツバチが絶滅したら人類は4年で減亡するだろう」と言ったとされているね。
恵里:なるほど。それでミツバチの大量消滅が大問題になっているんですね。
山口:実際に韓国では、イチゴ、スイカ、唐辛子などをミツバチで受粉させる施設栽培農家が蜂群崩壊症候群によってミツバチが手に入らず、危機的な状況に陥っているそうだよ。
大量消滅は日本でも起きていた
恵里:日本では蜂群崩壊症候群(CCD)は起きていないんですか?
山口:いや、日本でもかつてCCDが起きて、作物に多大な影響を与えたことがあった。しかし、日本ではその後いろいろな対策を講じて、今のところ新たなCCDは起きていないんだ。それで韓国メディアが日本の養蜂業者に取材に来たそうで、私もその取材先になっている養蜂業者の方に話を伺ったんだ。
恵里:日本では再発を防げているんですね!わざわざ韓国から取材に来るとはすごいですね。
山口:その方はスモールサン会員の水谷さんという方で、 三重県の養蜂業協会の会長さんで養蜂園を経営されている社長さんなんだけど、その方のおじいさんが西洋ミツバチの養蜂技術の確立に貢献された方で、そのお弟子さんたちが全国で養蜂を始めたそうなんだ。その方によれば、日本でCCDが起きだのは2008年から2009年ごろ。その時には、多方面で影饗が出たそうで、なかでもわかりやすい例が山形県のサクランボだ。
恵里:山形といえばサクランボですね。
山口:これがミツバチ不足で不作に陥ったんだそうだ。サクランボは全国で多い時には年間1万5000トンくらいの収穫があって、2007年には1万1000トンと前年比3割減。2008年、2009年も1万2000トンくらいしか収穫できなかった。この時期はまさにミツバチが大量にいなくなった頃なんだ。ミツバチはサクランボの他にも、いちご、スイカ、メロン、りんご、ウメ、ブルーベリーなどの農作物の花粉交配に欠かせない。日本でも「ミツバチの減少」は作物の収穫に大変大きな影響を与えることになるんだ。
転地養蜂
山口:どうしてこんなに影響が大きくなっちゃうのかというと、「転地養蜂」といって、花の咲いている地域にハチを巣箱ごと移動して、そこでハチを放って蜜をとるというやり方が大正時代から広まったからなんだ。日本で本格的な養蜂が始まったのは明治時代なんだけど、同じところにとどまっていると花の咲くある一定の時期しかハチミツが採れない。それで、花の咲く地域を求めてハチをもって各地を転々とするようになったんだ。これが転地養蜂。
恵里:確かに一つの地域に留まっていると季節によって縛りができてしまいますね。
山口:たとえば三重県の養蜂業者がサクランボの花が咲くころに山形にハチを巣箱ごと運んで行ってハチを放つ。ハチは2キロくらいの範囲を飛び回ってハチミツを集めて巣箱に戻ってくる。その過程でハチが花粉を運んでくれるから授粉ができる。その時期が終わるとまたハチを別の地域に運んでいって、そこでまたハチを放つというわけだ。それすれば年中ハチミツが採れるから、養蜂が産業として成り立つわけだね。
恵里:なるほど。農家さんとしても有り難いことですよね。
山口:そうだね。かつては自然の昆虫による授粉に頼っていたのが、農薬の使用などで昆虫が減ったり、ビニール栽培が盛んになったことで自然には頼れなくなり、綿棒のような物を使って人間の手で授粉させたりしていた。でも、これは手間がかかる。そんな時に養蜂業者がやって来てハチを放してくれれば、ハチに授粉を任せることができるからね。
恵里:それでいろいろな農作物でミツバチによる受粉が行われるようになり、その結果ミツバチの大量消滅の影響も拡がってしまうというわけですね。
ミツバチ減少に対する対策とは
恵里:でも、それ以来日本では蜂群崩壊症候群(CCD)は起きていないんですよね。それは何故なんですか?
山口:気になるのはCCDに対して日本ではどんな対策をとったかだよね。日本ではいろいろ研究した結果、「ダニによるウイルスの媒介が原因」じゃないかという結論になったんだそうだ。そこで、まず薬を使ってダニを駆除するようにした。ところが、 ダニはすぐに抗体を作ってしまい、薬ではダニを完全に駆除できないということがわかった。そこで、ダニの専門家と養蜂業者がタッグを組んで対策を考えたんだ。
恵里:専門家同士が手を組んだんですね。
山口:ダニの専門家はダニのことは詳しいんだけど、ハチの事はよく知らない。養蜂業者はハチのことは詳しいけど、ダニの事は知らないからね。それで共同で研究に励んだ結果、ダニが寄生するのはオスのハチだけだということがわかったんだ。1つの巣箱には1匹の女王バチと数千~数万匹の働きバチがいるんだけど、 働きバチはみんなメスなんだ。オスは交尾するのが仕事なんだけど、1つの巣箱には2〜300匹ほどしかいない。そこで、オスバチの個体数をコントロールする飼育方法を開発したところ、そのおかげで日本ではその後CCDは起きていないんだ。
恵里:では、その飼育方法を世界に広めればCCDが防げるようになるかもしれないですね!
山口:私も水谷さんにそう聞いたところ、その飼育方法というのは随分手間がかかるみたいなんだ。韓国はこれからなんだそうだけど、欧米については業者が日本よりはるかに大型の養蜂場を経営しているから、日本人がやっているような手間のかかる飼育方法なんかできないと言ってなかなかやろうとしないんだそうだよ。結果として、CCDが繰り返し発生しているのではないかと言われていた。
恵里:うーん。誰もが実践するには難しい面もあるんですね・・・。
ミツバチの問題から見える3つの教訓
恵里:度々注目を集めるミツバチの大量消滅。どんなことが起きていて、その何が問題なのかがよくわかりました。
山口:今日の話の要点は3つだね。一つ目は、ミツバチはハチミツをつくるだけでなく、自然の生態系を維持する上で、そして農作物を作って食べるという私たち人間の生活を維持していく上でも非常に大切な役割をしているということ。そして、それを皆が知るのが大切だということだ。最近は異常気象により春の気温が低くなって蜜を取りに出たミツバチが巣に帰ることができず凍死する例が多発しているらしい。逆に温暖化の影響で温度が高くなりすぎて、これまでと同じところではミツバチが育たないということも起きているそうだ。
恵里:ミツバチの問題を切り口にして環境問題を考えてみることも大切かもしれませんね。
山口:二つ目は、産学協同の重要性だ。日本のCCD対策では、業者さんと学者との協力が問題解決に大きな役割を果した。これはミツバチに限らず、私たちの生活やビジネスなんかにおいても、様々な問題を解決していくうえで重要なことだね。そして三つ目は、私たちはコスト削減の名の下に、とにかく手間暇を省くことを合理化と称して追求してきたんだけど、実はきめ細かく手間暇かけることが結局は大きな損害を防ぐことにつながるということ。ミツバチの事例は、手間暇を省くことばかり追求していると想定外の損失を負うことがあるのを教えてくれているね。
恵里:それもまた大切な教訓ですね。