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山口恵里の“現場に行く!”2021年12月号
「第49回 SSメンタルヘルスプロデューサー咲江さん」
皆さん、こんにちは!スモールサン事務局の山口恵里です。
「山口恵里の“現場に行く!”」第49回は、スモールサン・メンタルヘルスプロデューサーの咲江さんにお話を伺いました!
徐々にコロナが落ち着きを見せる中、変異株の動向など完全に安心とはいかないながらも、アフターコロナを見据えて動き始めている中小企業も多いことと思います。
その一方、リモートワークや自粛生活が長引いたことで、従業員のメンタル不調やコミュニケーションに不安を感じている経営者さんのお話もよく聞くようになりました。
更に来年4月からは中小企業でもパワハラ防止対策が義務化されるなど、従業員の健康管理について決して無視できない状況になっています。
そこで今回は、スモールサンニュース「社長のためのメンタルヘルスニュース」や、インターネットラジオ「メンタルタフネスへの道」でもお馴染みの咲江さんに、中小企業における従業員のメンタルケア、そしてハラスメント対策について詳しくお聞きしました!
皆さん、ご期待ください!
【咲江さんプロフィール】
公認心理師(国家資格)、産業カウンセラー、キャリアコンサルティング2級技能士(国家資格)
厚生労働省委託事業 東京産業保健総合支援センター促進員、(社)日本産業カウンセラー協会 認定講師、タッピングタッチインストラクター
総合不動産会社、外資系ラグジュアリーブランドで人事総務庶務として、健康診断・給与・人事考課・社会保険・休復職・就業規則・メンタルヘルスなどに16年携わり、その後 独立。
現在はカウンセラー、キャリアコンサルタントとして様々な企業でメンタルヘルス・ストレス対策・リラクセーション・コミュニケーションなどの研修や、メンタルヘルスの相談業務、メンタルヘルス制度構築などを行っている。また、小・中学校で不登校児童の支援、震災後に心のケアとして注目を集めているタッピングタッチのインストラクターとしても活動中。
sakie_zaki@yahoo.co.jp
リモート化で増えた「セルフケア研修」
山口 現在コロナが落ち着きつつある一方で、新しい変異株の話もあり、まだまだ完全に安心とはいかない状況ですが、そういった状況の中で従業員のメンタル面での相談などは変化があるのでしょうか?
咲江 私はカウンセラーとして、EAP(Employee Assistance Program)という従業員支援プログラムの導入をサポートする企業、中小企業を対象とした厚生労働省の外郭団体の東京産業保健総合支援センター、それと産業カウンセラー協会という3つの組織に関わらせていただいています。そこで会社として従業員のメンタルケアにどう対応しなくてはいけないのか、人事の方がどのような組織づくりをしなくてはいけないのかといったお手伝いをしたり、企業での研修などもさせていただいています。そうした中で色々な企業さんのお話を聞かせていただくのですが、やはりコロナ以降で増えているのはコミュニケーション不足による問題ですね。特にリモートワークをされている会社さんでは顕著です。最近は少しコロナが落ち着いてきたことでリモートを減らし始めてはいるものの、まだ完全にゼロとはいかず通常出勤と両立しながらやっている会社さんが多いのではないかと思います。
山口 そうですね。
咲江 リモートワークは合っている人にとっては天国なんですが、そうでない人にとっては非常にストレスになります。それは例えば小さいお子さんがいて集中できる空間がないといった住環境によるものもあれば、一人暮らしをしていてリモートだと1日誰ともしゃべらないといった状況で孤立感や孤独感を強めてしまう人もいます。ただ、リモートによるメンタル不調が問題視されているのは分かっていても、リモートだからこそ相手が不調を抱えているかどうか見えにくいんですよね。実際のところ、人のメンタル不調をどうやって見抜くかというと、会った時の顔色や会話した時の違和感など感覚で分かるものなので…。
山口 たしかに。普段だったら仕事以外の何気ない会話なんかでちょっと疲れているのかなとか感じたりできますけど、リモートだとミーティングでも業務的なやりとりしかなくなっちゃいますよね。
咲江 そうなんです。それで対処ができないままメンタル不調になってしまって休職や退職になってしまうケースが増えています。そういった孤立感を防ぐためにもフェイス・トゥ・フェイスでオンラインミーティングをされる会社さんも多いと思いますが、例えば毎週月曜日の朝にミーティングしますとかだと、その時には相手も身構えているからなかなか見抜けないというのもあります。ですので、最近ではセルフケア研修のご依頼が増えています。孤独感や自己肯定感の低さ、不安感などが増してきた時に、自分で自分のメンタルをどう維持していくのかを覚えてもらうための研修で、研修後の感想もすごく良かったと言っていただけることが多いです。研修では考え方を変えることや、どうやってモチベーションを維持するかといったことの他に、心と体の緊張状態をほぐしてリラックスする方法なんかもお教えします。それこそ座禅じゃないですけど、呼吸法みたいなのをオンラインで一緒にやるんですが、リアルよりも周囲を気にせずできるので逆にいいみたいですね。
山口 なるほど。メンタルケアの研修というと、周囲の人の不調にどう気付いて、どう対処するかというイメージでしたが、それが難しくなっている今、それぞれ自分で自分の不調に気づき対処することができる環境を整えてあげることが大事ですね。
咲江 はい。これはリモートワークをしている会社だけでなく、全ての会社で必要なことだと思います。特に中小企業だと今でも飲みニケーションに頼っている会社も多いですよね。コロナが多少落ち着いてきているとはいえ、以前と全く同じようにはいかなくなっていますから、そこを補うためにもまずは一人ひとりがどう自分と向き合って、どういうふうにメンタルを維持していくのか、そういった知識を学べるようにしてあげることが大切だと思います。
山口 メンタルの不調って当人も自覚していなかったり隠そうとしたりする場合もありますから、もともとリアルで会っていてもすぐに気付くのは難しいですよね。更にマスクで顔色や表情が分かりにくくなったり、気軽な雑談がしにくくなっている中、リモートか否かに関わらずセルフケアの取り組みはとても重要ですね。
ハラスメント防止対策の義務化
経営者として何をしなくてはいけないのか?
山口 他に今増えている研修や相談はありますか?
咲江 今増えているのは、やはりハラスメント防止対策ですね。特に2022年(令和4年)4月1日から中小事業主でも義務化されるパワーハラスメント防止措置は、すぐにでも対応が必要な問題です。
山口 このパワーハラスメント防止措置の義務化というのは具体的にどういうものなんですか?
咲江 簡単にご説明しますと、まず「うちの会社はハラスメントを認めません」という方針を明確化して周知すること。そして、ハラスメントした人への対処の方針を就業規則やハラスメント防止規定などに盛り込むこと。これが一つ目の「事業主の方針の明確化及び周知と啓発」です。
山口 会社としてハラスメントには厳正に対処しますというのを宣言しないといけないんですね。
咲江 次に、ハラスメントの相談窓口を作り、速やかに対応できる体制を作らなくてはいけません。例えば、何かあった時には総務の○○さんに言ってねというのを決めておいて、実際に「ハラスメントされた」とか「これってハラスメントじゃないですか」といった相談を受けた時に、適切に検証できるようにしておく必要があります。ハラスメントされたと言っている側の言葉だけを一方的に信じてしまうと、本来はハラスメントではないことも含まれてしまう可能性もありますから、ここが難しいところです。だからこそ、社内のどのメンバーがどのように審議するのか、そして実際にハラスメントであると判断されたらどういう処罰にするのか、この辺りをしっかり決めておかなくてはいけません。これが二つ目の「相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備」です。
山口 これさらっと書いてありますが、結構大変なことですよね。就業規則を規定し直して、新しく担当者を作って、ちゃんと対応できるような勉強もさせて…、となると中小企業では結構な労力だと思います。
咲江 そうなんです。また、残念ですが中小企業だと特に社長や役員クラスが気付かない内にハラスメントの当事者になっているケースも多いですから、そうした時にも担当者がちゃんと対応できるのか考えておかなくてはいけないです。
山口 義務化したからとりあえず担当者をおいておく、というのでは確実に不十分ですね。
咲江 はい。義務化にあたって何を考えておかないといけないのかというのは、経営者としてきちんと情報を掴んでおいていただきたいですし、早めに対応をしていただきたいと思っています。
「言ったもの勝ち」にしないためのハラスメント対策
山口 実際にハラスメントの相談があった時には、どういった対応が必要なんでしょう?
咲江 まずは先ほども言った事実関係を正確に調査すること、それには被害者のプライバシー保護も徹底しなくてはいけません。相談したことによって相談者に不利益があってはいけないわけです。それは審議した結果ハラスメントではなかったとしても同じで、仮に相談者が過敏な人でちょっと強目なだけの発言をパワハラだと主張していたとしても、それに対して社内の雰囲気を悪くするから暫く等級を上げないとか退職を促すといったことは法律で禁止されています。
山口 実際にはパワハラではなかった場合もまた経営者にとっては頭の痛いところですよね…。
咲江 ただ、ここで勘違いしてほしくないのが、ハラスメント対策は決して「言ったもの勝ちではない」ということです。ハラスメントを受けている従業員を守るための対策であると同時に、会社としてちゃんと対策を取ることで「言ったもの勝ち」を防ぐためのものでもあるんです。
山口 と言いますと?
咲江 例えば、先ほど言ったような「ちょっと困った従業員」が揉めて退職した場合、不当解雇だとか退職に追いやられたといって労基署に駆け込んだり裁判沙汰になったりというケースが往々にしてあります。これは中小企業にとって非常に大きなリスクです。特にパワハラなんかは、今の若い世代と経営者世代の感覚は全く違うので、この程度は普通だろうと思って言ったことが相手にハラスメントと受け取られることも多いんですよね。でも、実際にはどういったものがハラスメントに該当して、どういったものが該当しないのかという線引きはちゃんとあるんです。分かりやすい例で言いますと、提出された書類で何度も同じミスがあって、ちょっとキツめに「ここはこうするように言っただろう。何回言ったらわかるんだ。」と言ってしまったとします。でも実際に間違えたのは本人だし、何回指摘しても改善されないとしたら、そこでキツく言われたことだけを指してハラスメントだとは言えません。そこでそれ以上に「だからお前は仕事ができないんだ、もう辞めちまえ」まで言っちゃうとハラスメントになるわけです。
山口 なるほど。キツく言う=パワハラみたいなイメージが先行してしまって、ハラスメントを訴える側もこの違いをちゃんと分かっていないってことありますよね。
咲江 そうなんです。リーフレットの「事業主が講ずべき措置」の項目にも「職場におけるパワハラの内容・パワハラを行ってはならない旨の方針を明確化し、労働者に周知・啓発すること」とあるように、何がハラスメントになるのかという線引きについて、経営者だけでなく皆が知っておくことが大事なんです。
山口 ハラスメント対策=繊細な人に合わせるというイメージで「従業員に注意もできない」と気にされている経営者さんのお話を聞くことも多いのですが、実際にはハラスメント被害者を守ると同時にハラスメントでないものが不当に責められることも無くすための対策なんですね。その方針を会社として明確化することで、例えば何でもパワハラだと言ってくるような人に対しても、「これはパワハラではなく指導ですよ」とちゃんと伝えることができる。
咲江 義務化されたからとただ仕組みだけを作るのではなくて、ハラスメントってこうだよねという共通認識を社内で作っておくことが大事なんです。多くの経営者さんは新規事業だったり売上げをあげるための行動には積極的でも、こういった守りの部分には消極的だったりしますが、人に対する部分を疎かにすることのリスクはどんどん大きくなっていますので、今こそディフェンス、守りの部分もしっかり意識してほしいなと思っています。
守りが武器になる時代!
〜人の環境を整えることが会社を成長させる〜
咲江 中小企業にとって人材ってすごく大事ですよね。一人抜けたらその穴を埋めるのってすごく大変じゃないですか。だからこそ、こうした守りの部分は武器にもなると思うんです。メンタル不調の影にハラスメントが隠れている会社が多いので、こういったハラスメント対策をちゃんとすることで、メンタル不調で従業員が辞めてしまうことの防止にもつながります。若い世代を雇用するのってどんどん難しくなっていきますから、雇っては辞められてを繰り返すのは会社としても非常に非効率ですよね。
山口 新しく雇ってもうまた最初から育ててという労力を考えたら、一度ハラスメントやメンタルに対する社内での共通認識を作って、何かあっても対処できる体制を作っておく方が、人材の定着という面でも重要ですね。
咲江 内閣府による少し昔のデータになりますが、従業員が一人うつ病で休業したときに会社にかかる負担は422万円と言われています。これは当人にかかる費用の他に、その人の仕事を肩代わりして残業した人への手当や人事や労務管理など諸々含めての金額です。では、実際にうつ病の人がどの位いるのかというと、実は15人に1人といわれています。
山口 え、意外と多いんですね!
咲江 そうなんです。つまり従業員15人以上の会社さんであれば、このリスクは結構あるんですね。また、新しく採用した人がうつ病になったり再発したりといったことも決して珍しいことではありません。でも、そうした人が仕事をできないかと言うと全くそんなことはなくて、社内でちゃんとハラスメントやメンタル不調への対策が取られていれば、問題なく働くことができるわけです。昔のように人が辞めてもすぐに次の雇用ができるような時代であればいいですが、人手不足が続く現代では、こういった人たちと上手に関わりながらちゃんと能力を発揮してもらえる環境づくりは会社にとって守りを超えた武器にもなると思います。
山口 結局会社を回すのも売り上げをあげるのも人間ですから、今いる人材に長くいてもらうこと、入ってきた人材に力を発揮してもらうことは大前提であるとも言えます。
咲江 対「人間」の問題だからこそ、何かあった時のリスクが大きいのもこのハラスメントとメンタルの問題です。それをリスクとしてそのまま抱えるよりも、働きやすい環境や能力を発揮できる環境づくりでプラスへと転じることが中小企業の強みに繋がると思います。例えば従業員の健康も経営課題として捉えて会社として戦略的に取り組む「健康経営」という言葉がありますが、経産省による健康経営優良法人認定制度があったり、会社経営において従業員のメンタルを含めた健康管理が社会的に評価されるようになっています。SDGsもそうです。カーボンニュートラルなど自然環境のことが注目されがちですが、「すべての人に健康と福祉を」、「働きがいも経済成長も」、「人や国の不平等をなくそう」といった人に対する目標も掲げられていて、そこには当然メンタルの健康やハラスメント問題の改善も含まれます。
山口 世の中の流れが変わっていっている今だからこそ、義務化されたからという後ろ向きな対応ではなく、会社の強みにするための対応をしてほしいですね。今日はありがとうございました!
参考資料:厚生労働省「あかるい職場応援団」
ハラスメント対策パンフレット・リーフレット
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/jinji/download/