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大澤徳の“現場レポート”!2024年6月号
「今、中小企業経営者にお伝えしたい半導体のこと
〜未来を支える産業の米〜」
はじめに
最近、TSMCが熊本に進出、北海道に最先端の半導体工場ラピダスを建設、経済産業省が中心となって数兆円の支援枠組みの枠組みを検討、など半導体に関するニュースを耳にする機会が増えました。半導体関連の政府の支援金額は数兆円の規模になり、日本人一人あたり数万円以上の税金を半導体産業に補助していることになります。
先月、世界最先端の半導体サプライチェーンが集積する台湾新竹サイエンスパークの中核になっている台湾国立陽明交通大学や、台湾国立陽明大学傘下に設立された、半導体を中心とするハイテク志向型のスタートアップ・アクセラレータープログラムを担当されている方のお話を伺う機会がありました。そこで伺った話なども踏まえて、今伝えたい半導体のことを本記事で共有させていただきます。
半導体と聞くと、普段の生活では実感持ちにくいと思いますが、半導体は日々の生活や各産業の最先端の縁の下の力持ちの役割です。半導体の目線から将来を考えてみるのはいかがでしょうか。
台湾国立陽明大学・・・台湾の半導体サプライチェーンの中核となる大学。日本の九州大学と「研究者間の技術連携及び人材交流促進」を目指して、包括的連携の覚書(MOU)を締結しています。 |
半導体ってそもそも何?
~スマートフォンからAIまで、あらゆる製品の頭脳~
スマートフォン、パソコン、家電製品(エアコン、炊飯器、冷蔵庫、電子レンジなど)、自動車...。私たちの身の回りにある、ありとあらゆる電子機器に半導体が入っています。
半導体は「産業の米」とも呼ばれ、通信技術(4G、5G)、AIの発展、さらには製薬や宇宙開発まで、幅広い分野で、私たちの生活を支えています。
半導体はチップの回路を細かく設計、生産するようにして、1つのチップでなるべくたくさん計算できるように、発展してきました。半導体の回路を小さくすることで、下記のことを実現してきました。
- コスト削減 回路を小さくすると同じコストでより多くのチップを生産できます。
- 低消費電力 半導体の回路を小さくすることで、電流が流れる距離が短くなります。これにより電子の移動に必要なエネルギーが減り、消費電力が削減されます。低消費電力化することで、スマートフォンなどバッテリーで動くデバイスでは電池持ちがよくなったり、発熱が抑制されたりします。もし電気自動車で低消費電力が進めば、(燃費ではなく)電費の向上につながることが考えられます。
- 動作速度向上 半導体回路が小さくなると、電子が移動する時間が短縮され、速度が向上します。これにより、処理速度が向上し、より高速な計算やデータ処理が可能になります。例えば、スマートフォンのアプリの起動時間の短縮や、複雑な画像処理の高速化などが実現できます。
- 高機能化 同じ面積の半導体に、より多くの回路を搭載できるようになるため、より複雑な回路設計が可能になります。これにより、より高機能な製品を開発することができます。
現在、半導体の回路は非常に小さく、花粉やPM2.5、ウイルスよりも小さいサイズです。
現在はTSMCで、3ナノメートルというサイズがすでに量産されていて、最新のiPhoneやMacBookProに導入されています。最先端の半導体がはいっているパソコンでAIを使うと比較的短時間で処理できます。
さらに半導体の回路を小さくする競争が進んでおり、北海道のラピダスは2ナノメートルという細かさの半導体を2027年に量産することを目指しています。
半導体1つで計算できる量が増えることで、様々な電子機器の能力が向上して、私たちの生活はますます便利になっていくと思います。
半導体の未来を考えることは、未来の生活・産業を想像すること
半導体の能力が向上して、価格が下がっていくとさらに多くのことを半導体に任せられるようになっていきます。例えば、ドローン、スマートホーム、そして私たちの健康状態を管理するウェアラブルデバイス、将来的には自動運転車など、半導体は私たちの生活をより快適にする可能性を秘めています。インターネット環境があることを前提としてIoTやAIの発展により、私たちの生活はますます便利になるでしょう。さらに半導体は再生可能エネルギーの効率化や環境問題の解決にも寄与できる可能性があります。
「半導体が社会に普及した未来って具体的にどうなるの?」と考えても、はっきりとした答えにたどり着くのは難しいと思います。筆者は時々、今普及してるゲームや、ゲームの進化の方向性から、将来の社会で普及するものはなんだろう?と考えたりしています。たとえばメタバースなども、任天堂の「どうぶつの森」のようなゲームをイメージして、どんな世界観で、利用者はどんなコミュニケーションをしているのか考えてみると、未来を予測するヒントを得られるかもしれません。現代では幼い頃からゲームの世界観やゲームでのコミュニケーションに慣れ親しんだ子どもが、いずれ大人になります。そのときには、今よりもっとデジタルに抵抗感のない、むしろデジタルの世界が当たり前だと感じる世代が社会にでてくることになります。
どんどん便利になっていく一方で、電力消費量の増大や個人情報保護や、ウィルス対策・サイバーセキュリティなどの課題もあります。特に、生成AIによる偽情報や誤情報の拡散は、社会に深刻な影響を与える可能性があります。これらの課題を解決しながら、今より性能の良い半導体が普及していく未来を待ち望んでいます。
日本における半導体再興への道
~シリコンアイランド九州と、北海道ラピダスに託された期待~
日本政府は巨額の税金を投じて、日本の半導体産業の再興を目指しています。
台湾のTSMCの新工場を熊本に建設するにあたり1.2兆円の補助金を投入し、2024年内の量産を目指しています。TSMCが熊本県内へ進出することの経済波及効果について、熊本の「九州フィナンシャルグループ」は10年間(2031年まで)で6兆8000億円以上と試算しています。また、別な試算だと約20兆円に達するという推計もあります。
このような大規模な投資が行われることで、熊本では地価の上昇など、すでに様々な影響が出ているようです。。
TSMC熊本工場 第1工場では、12〜16ナノメートルの半導体を生産予定です。2027年末までに稼働開始を目指す第2工場では、6~7ナノメートルの先端半導体を生産する予定です。日本はロジック半導体の分野では40ナノメートルまでしか、製造できる技術がありません。TSMC熊本工場が稼働することで、半導体の製造技術向上につなげたいと考えています。
本記事の冒頭で申し上げたとおり、TSMCは2022年時点で3ナノメートルの量産をできています。2027年に予定通り、TSMC熊本 第2工場で6ナノメートルの半導体を作れるようになったとしても、技術的には大きく差が開いているように感じます。
日本でも世界最先端の半導体の開発と製造を目指して、ラピダスという企業が北海道に工場建設を進めています。ラピダスはラテン語で「迅速さ」という意味で、ソニー、トヨタ自動車、デンソー、キオクシア、NTT、NEC、ソフトバンク、三菱UFJ銀行という日本を代表する8社が合わせて73億円出資して設立した半導体新会社です。(三菱UFJ銀行のみ3億円で、他の企業は10億円ずつ出資)ラピダスに対して、すでに日本政府が決定したラピダスの支援額は9000億円以上になり、これから量産までの間に更に4〜5兆円のお金が必要になると考えられています。こうした座組でラピダスは日本の半導体産業が再び世界をリードする存在となることを目指し、2027年に2ナノメートルの半導体の量産を目指しています。
そもそも2ナノメートルの半導体の量産は世界でまだ実現できていない技術です。ちょっとネガティブな意見かもしれませんが、全く半導体を作ったことのないラピダスという会社が、いきなり世界最先端の半導体の開発・製造できるのか、仮に作れたとしてコストはどうなるのか、需要はあるのか?顧客に発注してもらえるのか?など、ラピダスの工場建設は順調に進んでいるものの、開発や製造については素人目には不安に感じています。
今のところ、7ナノメートル以下の半導体を作れるのは、台湾のTSMC、韓国のサムスン、アメリカのインテルといわれています。(中国のSIMICも7ナノメートルの半導体を製造して、HUAWEIのスマートフォンに搭載されているという報道はありますが、はっきり確信を持てずにいます。)
ちなみに、TSMCは2025年に2ナノメートルの量産を開始予定で、2028年にアメリカのTSMC工場で2ナノメートルの半導体を量産予定です。ラピダスで生産される半導体が、TSMCに比べて安い、製造が早いなどメリットがあれば、商売として成り立つ可能性はあります。あまり考えたくないですが、2027年に一応2ナノの半導体を作れるだけでコストが見合わないなんてことになると、数兆円の税金を投入した効果についても疑わしくなってしまいます。
いろいろ心配事を書きましたが、どんな分野でも世界最先端やトップは目指さなければ実現できない面もあります。まずはとにかく現状からスタートして、いい半導体を開発していきながら、世界最先端との距離を縮めることに集中するしかないのかもしれません。
台湾の新竹サイエンスパークにおける最先端の半導体を生み出す土壌
~産学官連携による半導体産業の成功モデル~
単に工場誘致すれば何か生み出せる、創り出せるほど簡単ではないと思います。当たり前の話ですが、工場に供給する材料を供給する企業や、研究開発を担う人材、生産を担う人材、工場をメンテナンスする様々な業者、工場から生み出された商品を最終製品として使う企業など、必要不可欠な要素が様々あり、初めて産業として成り立ち、新しい物を生み出す基礎ができます。
台湾の新竹サイエンスパークは、台湾の半導体ビジネスの中核に位置づけられています。入居している会社は500社以上、就業人口や約17万人、TSMCはもちろんApple、TESLAなど半導体の需要側の企業も進出しています。(ちなみにTSMCにとってAppleは売上約20%を占める最大顧客です)
こうした新竹サイエンスパークを支えるのは周辺にある大学や研究機関です。国立清華大学、国立陽明交通大学、台湾半導体研究所(TSRI)、財団法人工業技術研究院(ITRI)など、科学技術の研究開発を支える人材や機関が整備されています。新竹サイエンスパーク内で、職業訓練及び研究を行い、優秀な人材を供給しています。その中でも国立陽明交通大学が中核を担っており、イノベーションの起点になっています。国立陽明大学の傘下にあるアクセラレータープログラムを通して、半導体関連のディープテックベンチャー企業がものすごい勢いで誕生しています。大学が生み出した知的財産を、ベンチャー企業が利用し、ベンチャー企業が開発した技術を大手企業が利用し更に良い製品を生み出していくエコシステムができています。大学が起点となったイノベーションと産学共創がサプライチェーンの基盤であり、それに基づいた人材育成のメカニズムが確立されていると聞きます。
日本の半導体再興に向けて
〜産学官連携と長期的な視点が鍵〜
世界最高水準の半導体製造技術を確立し、国際競争力を高めるためには、産学官連携による人材育成や技術開発が不可欠であり、日本も台湾の成功事例を参考に、大学を中心とした人材育成と技術蓄積、戦略的なサプライチェーン構築に取り組む必要があると思います。
この4月に熊本県知事に就任した木村敬熊本県知事は「(台湾にはTSMCを筆頭に半導体関連企業や研究機関などが集積する新竹サイエンスパークがあるが)私もサイエンスパークみたいなものを作りたいとマニフェストに掲げている」とブルームバーグへの取材に述べています。
工場建設でも短期的には経済効果は実現されるし、多くの地元企業に実感されやすいと思うが、長期的で地道な技術開発・蓄積や人材育成の視点を大切にしながら、日本における半導体産業の再興に向けて産業政策を進めていって欲しいと切に願っています。
おわりに
最後になりますが、今回紹介したような半導体のことを念頭に置きながら、さまざまニュースを見聞きすると、ちょっと違う捉え方ができるかもしれません。 今回の記事では書けませんでしたが、アメリカと中国の半導体に関する輸出規制など、国際貿易の動向も注視していく必要があると思います。
【参考記事】
TSMC Logic Technology
4兆円調達に国も責任 ラピダス融資に政府保証検討 27年量産、設備移転支援も 北海道新聞2024.5.31
ラピダスの量産準備支援、新たな制度的枠組みを検討=経産省 ロイター通信 2024.5.31
半導体工場、新増設ラッシュ 補助金4兆円が呼び水―経済安保で高まる重要性 時事通信2024.3.2
台湾の研究機関と半導体の技術連携進める協定…九州の業界団体や九州大学が締結 読売新聞2023.9.8
来たるTSMC、台湾に学べ半導体教育 九州の大学 シリコンアイランド 育て人材(上)日経新聞2024.4.23
THE SEMICONDUCTOR INDUSTRY IN NUMBERS 数字で見る半導体業界 SEMI
【How we innovate】01:半導体はなぜ微細な構造を必要とするのか? ASML
地価調査 TSMC工場建設 大津町の商業地は上昇率全国1位
TSMC、超先端「2ナノ」半導体の詳細公表 25年量産へ 日経新聞2022.6.17
TSMC、台湾南部の新工場で次世代半導体「2ナノ品」生産 日経新聞2023.8.9
新熊本県知事、TSMC第3工場の誘致に前向き-夏ごろ協議の意向 bloomberg 2024.5.11