スモールサンニュース大澤徳の“現場レポート”

「人手不足を乗り越えるキーワード3選」


 今月も先月に続き、人手不足が進む現代で重要なキーワードを取り上げて解説していきたいと思います。
先月号で取り上げたのはリファラル採用、厚生労働省職業安定局人材サービス総合サイト、カジュアル面談、条件交渉の4つ。
後編となる今月は、ジョブ型雇用とメンバーシップ雇用、ジョブディスクリプションについてお届けします。
 皆さんの会社での採用戦略のヒントに繋がれば幸いです。

人材確保の考え方
〜まずは自社の職務を細かく「定義」する〜

大澤:中小企業でも人手不足が深刻化していく中で、最近は社内で労働力を確保するのではなく、副業人材など外部の人材を活用しようという動きも最近は増えてきたと思います。

山口恵里(以下、山口):山口教授も講演やニュースで副業人材について何度も触れていますね。自社で新しく人材を確保するのが難しい以上、副業人材の活用が重視されていくのは当然のように思います。

大澤:その為にはまず、自社の業務について副業人材を使うべき業務とそうではない業務をしっかりと把握する必要があります。画像1は、私なりの分け方、考え方を図解にしたものです。



まず社内の職務を自社にとっての重要度と職務の難易度とに分ける必要があります。それが左側の表で、縦軸に自社の競争力にとっての重要度の高低、そして横軸に職務の難易度の高低をとっています。例えばスモールサンでいえば、経済動向の先を読み、その情報を経営者の皆さんに分かりやすく伝えること。現在山口教授が担っていることが、競争力としても職務の難易度としても高く、この表では右上のG職務に当たります。また、例えば経理などの仕事は、重要度は高いけど難易度は高くないと捉えるのが多分一般的だと思います。でも、それをデジタル化する仕事となると、難易度が高くなる。こういった感じで、まず自社の職務を細かく定義することから始めることが非常に重要だと思います。そうした上で、右側の表のように職務ごとに人材を外部調達するのか、内部で調達するのかを検討しなくてはいけません。


山口:なるほど。単純に「どの部署で人手が足りてないから補充したい」ではいけないわけですね。

大澤:どんな職務があるのか、何が重要で何が難しいのかは企業ごとに違います。なので、何が良いか悪いかは企業それぞれの判断だと思いますが、仮に製造業の経理部門で人手が足りてないから新しく雇用したいと。それが電帳法やインボイスの対応で凄く大変という場合、まだ最近始まったインボイスのスキルを持っている人なんて市場になかなかいません。それなら新しく採用しなくても、いつも見てもらっている税理士事務所に「ここまで含めて外注できませんか」とお願いするのも外部調達の一つの手です。何もかも自社で補うのではなく、「この部分だったらこの辺の人たちが得意だろう」というところに投げていく。それがフリーランスであったり副業人材であったり、場合によっては、そういう機能を持つ会社をM&Aするのがいいということもあると思います。当然職務によっては新しく採用した方がいいこともあるでしょう。一方で、ある職務でスキルを持っている人が足りないとしても、内部人材のリスキルや配置転換で賄えることもありますよね。

山口:人手不足だからこそ、どんな職務でどんな人材が足りていないのかを知ることが人材を確保するための第一歩ですね。

ジョブ型雇用とメンバーシップ雇用
〜ジョブ型雇用=成果型という勘違い〜

大澤:人手不足だからこそ、自社の仕事を何となく営業とか経理といった枠で見るのではなく、営業なら営業という仕事がどういう職務で構成されているのかを知る。そうして職務の重要度や難易度によって外出ししたり内部でリスキルしたりといった方法を検討した上で、外部市場から新しく採用しようとなった時に考えるのが、ジョブ型雇用での採用なのかメンバーシップ雇用で採用するのかということです。

山口:メンバーシップ採用というのは、日本での従来通りの雇用という捉え方でいいですか?例えば新卒で採用されて、入社してから業務内容や勤務地が決まり、昇進したり異動したり…といった感じの。

大澤:そうですね。メンバーシップ型雇用は、あくまでも人に賃金がつくんです。例えば、Aさんは入社10年目で部長だから年収は幾らとつける。一方でジョブ型雇用は、部長という役職はこういうスキルが必要でこういう職務を行なって年収は幾らですといった感じでジョブ対して賃金がつき、そこに人が就くんです。

山口:ニュースなどで耳にするジョブ型雇用は「成果主義」的な意味合いが強い気がするのですが、実際には違うんですね。

大澤:そうなんです。SSニュース2021年2月号の山口教授と首藤若菜教授の対談でも触れているので、読んでいない方のために引用したいと思います。

「ジョブ型雇用」≠「成果主義」
~正確な理解の下で「時代に適応していく」中小企業に!~


山口 もう一つ今回首藤先生にお伺いしたいと思っていたことに「ジョブ型雇用」の問題があります。最近の日経新聞を読んでいると、「大企業はどんどんジョブ型に移行してきていますよ」とか、そうしないと「時代に遅れてしまいますよ」といった雰囲気が醸し出されていて、なんだかすごく「煽られている」感じがするんです。このジョブ型雇用についてどう考えたらいいのか、ご見解をお聞かせ願えたらと思います。

首藤 日経新聞は「ジョブ型雇用」を「成果主義」と同じような意味合いで使っているんですね。まずは、これが間違いだということを言っておきたいと思います。

山口 コロナ禍で在宅ワークが増えたために仕事のプロセスが見えにくくなっている。だから、「ジョブ型」にして仕事の「成果」を基準にして給与を支払うようにしていかなくてはならない、といった書き方がなされています。これなどは、ジョブ型=成果主義だという典型的な書き方ですよね。でも、これは言葉の誤用だと。

首藤 そうなんです。そもそもの始まりは、JILPT(独立行政法人労働政策研究・研修機構)の研究者が日本の雇用のあり方を「メンバーシップ型」と呼んで、欧米のあり方を「ジョブ型」と呼んだことにあるんです。細かい仕事内容とそれに対する賃金を決めて雇用する、「ジョブを明確にして働く」という欧米型の働き方、これを学会では「ジョブ型」と呼んでいます。

山口 たしかに日本の場合は、採用というと、ともかく会社の「仲間」に入ってもらうという意味が強くて、仕事の内容は後からついてくるようなところがありますね。これを「メンバーシップ型雇用」と呼んで、これと対比させる形で「ジョブ型雇用」という言い方がされると。では、最近とくに「ジョブ型雇用」を採用する企業が増えてきているのはどうしてなんでしょうか。

首藤 「日本はメンバーシップ型雇用でいいんじゃないか」という議論は今でも根強くあって、私も共感する部分もあります。ただいろいろ問題が出てきていることも確かです。その一つは賃金格差の問題ですね。同じ仕事をしても雇用形態(正規か非正規か)や性別によって賃金が違う。日本ではこれは当たり前のように見られてきたんですが、「同一賃金同一労働」ということがいわれるようになって、こうした格差をなくしていこうというのが社会的なテーマになってきました。そういう課題に応えていくための一つのやり方が「ジョブ型」雇用です。仕事と賃金の対応関係が明確になれば、こういう格差もなくなっていくことになりますから。

山口 振り返ってみると、日本の企業は本来「ジョブ型雇用」であるべき職種にまで「メンバーシップ型雇用」を当てはめてきたところがあったように思います。それが従業員のやる気や成長力を削いできた面はたしかにあったような気がしますね。
たとえば、スモールサン会員の中にマッサージ店を数十店舗運営している会社があります。したがって、何十人もマッサージ師を雇用しているのですが、この人たちは専門職ですから本来「ジョブ型雇用」であるべきです。ところが、「頑張れば店長になれますよ」とか、「お店の売り上げが増えればお給料が増えますよ」といった具合に、ポストや売上げに給料が連動するやり方で運営してきた。でも、この時代、ポストをそんなにたくさん用意できるわけではないし、個々のマッサージ師の努力がお店全体の売り上げに直結するわけでもない。こういうやり方だと、どうしてもマッサージ師さんたちのやる気が削がれてしまいます。そこで、この会社は人事評価の在り方を抜本的に改革して、どんな施術技術を身に着けたかとか、お客さんとのコミュニケーション能力がどうかとか、きめ細かく評価基準を設けて、それを達成すれば給与が上がるという仕組みにしたんです。仕事と給料を連動させる、まさに「ジョブ型」に移行したわけです。

首藤 結果はどうでしたか。

山口 マッサージ師さんたちには大変好評でしたし、会社の業績もアップしたようですね。「会社のために」という会社への帰属意識とか、「出世のために」という社内の序列意識のようなものだけをモチベーションにして従業員のやる気を引き出していくのは限界にきているといっていいでしょうね。その意味では、「ジョブ型雇用」は一考に値するように思います。

首藤 業種、職種によって雇用形態や人事評価のあり方は違ってしかるべきだと思います。働き方の多様性に中小企業も応じていく必要があるということですね。

山口 ジョブ型雇用の広がりは、「労働者の流動化」を促すことにもなりますね。「同じような仕事を同じ程度できるのであれば、どの会社にいてもお給料はあまり変わらない」となれば、それこそサラリーマンはまさに「個人事業主」のようにいろんな会社を渡り歩くことにもなりかねません。

首藤 そういう側面はたしかにあると思います。でも、すべてをジョブ型にできるかというとそういうわけにはいきません。会社の中核的な人材については、メンバーシップ型の方が適切だともいえます。大切なのは、経営者が仕事の内容や労働市場の現状について正確な理解をもつこと、そしてその理解にもとづいて企業を前向きに「時代に適合させていく」ことだと思います。
下線は大澤が記載)

大澤:この対談は2021年のものですが、ついこの前の日経新聞でもやはり「成果主義」と書かれていて、これって本当にミスリードだなと私も思っています。先ほども言ったように、ジョブ型雇用はあくまでも行う職務に対して賃金がつくのであって、成果を上げないと給料に反映しませんというのはジョブ型雇用ではありません。そもそも大企業がこれからはジョブ型雇用の時代だと叫んでいたのは海外展開をして海外の人材を雇用する必要があるからです。のように感じてます。特にIT分野の人材は日本と海外で賃金の差が大きいので、日本型のメンバーシップの賃金で雇う事は難しいと思います。

山口:メンバーシップ型雇用は日本独特の制度だと言われていますから、ジョブ型雇用に慣れている海外の人材にとっては怖いかもしれませんね。

大澤:勿論だからと言って中小企業には関係ないということではありません。今の20〜30代ぐらいの若い世代の人たちの中でも、メンバーシップ型雇用だと、どこの部署に配属されるかわからないことを、配属ガチャ(※)とネガティブに捉える人も増えています。どういう働き方や、専門性を身につけられるのかはっきするするので、ジョブ型雇用の方が好ましいという意見はあります。重要なのは、正しく理解した上で、自社が求めている人材に対してどちらが有効なのか、正しいのかを考えられる事だと思います。

(※)配属ガチャ ー カプセルトイ(ガチャガチャ)やソーシャルゲームのガチャになぞらえた俗語

読めば分かる「ジョブディスクリプション」
〜自分がどんな仕事をするのか、それが自分にできるのか〜

山口:そう思うと、最初に言っていた「まず自社の職務を細かく定義する」というのはとても重要ですね。特に中小企業は自社の仕事をそこまで細かく捉えられている会社の方が少ない気がします。例えば営業という仕事に対して、目的である売上なんかは数字で明確になっていても、じゃあ具体的にどんな仕事をするのかというと「営業は受注を取ってくるのが仕事だ」なんてことになって「どうやって受注を取るのか」については急に属人的なものになってしまったり。だからこそジョブ型雇用と成果主義が一緒くたになってしまうのかもしれないですね。

大澤:「ジョブディスクリプション(職務記述書)」といってその職務の内容、つまりジョブ型雇用のジョブの内容を詳細に定義するものがあるんですが、日本では大企業でもきちんと書けている企業の方が少ないんじゃないかと思います。ネットで検索をするとこういったジョブディスクリプションの例を見る事ができますが、例えばこれの場合まだちょっと大雑把です。


ジョブディスクリプション(例)
職務名 ・営業マネージャー
職務の目的 ・営業チームのマネジメントと売上目標の達成
職務の内容 ・営業チームのメンバーの採用、教育、評価、育成
・営業戦略の立案と実行
・営業予算の管理と分析
・顧客や市場のニーズの把握と提案
・重要顧客やパートナーとの関係構築と維持
職務の責任 ・営業チームのパフォーマンスとモチベーションの向上
・売上目標の達成と収益性の向上
・顧客満足度とロイヤルティの向上
・競合他社との優位性の確保
権限 ・営業チームのメンバーの採用、教育、評価、育成に関する決定権
・営業戦略や予算に関する提案権
・重要顧客やパートナーとの契約交渉権
必要な知識・スキル ・大卒以上
・営業経歴5年以上(マネジメント経験3年以上)
・英語力(ビジネスレベル)
勤務条件 ・正社員(試用期間3ヶ月)
・勤務地:東京本社
・勤務時間:標準労働時間1日8時間(休憩1時間)
・フレックスタイム制(コアタイム11:00〜15:00)
・給与:月給○万円以上
(内訳:基本給○万円+40時間分の固定残業代○円
・インセンティブあり(売上達成率に応じて支給)
・昇給あり(○月・○月に会社実績や本人の評価により見直し)
・賞与あり(○月・○月に会社実績や本人の評価により支給)
休日・休暇 ・完全週休2日制(土日)、祝日
・夏季休暇、年末年始休暇、年次有給休暇、産前産後休業、育児休業、介護休業、生理休暇、特別休暇(慶弔、ボランティアなど)
福利厚生 ・厚生年金保険、健康保形、労災保険、雇用保険
・カフェテリア(朝食・昼食・夕食基本無料)、フィットネスジム(有料)、社員持株会など

山口:え、ではもっと詳細に。

大澤:例えば、この職務は営業マネージャーとありますが、年商規模や地域、従業員規模なんかが無いのでざっくりしちゃってますよね。また、職務の目的に「営業チームのマネジメントと売上目標の達成」、内容にも「営業チームのメンバーの採用、教育、評価、育成」とありますが、これもちょっと大雑把です。例えば、「チームのマネジメントとして1on1を3カ月に一回行う」とか「360度評価を行う」とか、もっと細かく書かれている方がいいかなと思います。「営業戦略の立案と実行」というのも、例えば営業戦略でチラシやWebサイトを作るところまで入るのか入らないのかとか。あと「職務の責任」についても、1年ごとの数字に責任を持つのかといった期間の記載がないです。特に気になるのが、「必要な知識・スキル」に「英語力(ビジネスレベル)」と書いてあるけど、この職務内容の記載ではどこで英語が必要なのか分からないですよね。「営業経験5年以上」というのも、法人営業なのか個人営業なのか、無形商材なのか有形商材なのかでも違ってきますよね。

山口:めちゃくちゃ細かく記述するんですね!そう思うと、この例の内容では自社のどんな製品を扱うのかも分からないですね。本来はそういうのも書かないといけないですよね。

大澤:そうです。重要なのは、この会社で自分がどんな仕事をするのか、それが自分にできる仕事なのかどうか、読んだら分かるようなジョブディスクリプションになっているかという事です。ちょっと脱線しますが、欧米でのジョブ型雇用の肝は徹底的な差別排除なんです。日本人だったら面接官が「人を見て」採用を決めますが、欧米でそれをすると「白人を採用して黒人が落とされた。差別じゃないのか?」となる場合もあるわけです。

山口:なるほど。ジョブディスクリプションを詳細に書くことで、主観を排除してよりその条件に合う人材を採用する事ができますし、仮に「差別だ!」と言われても「ジョブディスクリプションに沿って採用している」と示す事ができますもんね。それくらいきっちり書くものなんですね。

大澤:そこまでちゃんとしたものは日本の大企業でも書けていないと思いますし、中小企業でやるならこの例にあるくらいの内容でも十分かもしれません。でも、少なくともジョブ型雇用の意味や目的を知ること、自社の職務を細かく定義すること、その上でジョブ型雇用を選択することが重要だと思います。

ジョブ型雇用が全て正解ではない
〜大切なのは、正しく知り、選ぶこと〜

大澤:繰り返しになりますが、ジョブ型雇用が全て正解だとは私も思っていないです。また少し脱線してしまいますが、ある労働経済学の先生がジョブ型雇用を表すものとして丸亀製麺をあげています。

山口:確かに、うどんを茹でる人、天ぷらを揚げる人、レジを打つ人…といった風にジョブごとにきっちり分かれていますね。

大澤:日本人の感覚だったら、隣の人の仕事を手伝ってあげれば、こんなに多くの人数はいないんじゃないかと感じるかもしれません。ところが、他の人のジョブを奪うと「あなたのせいで私がクビになったらどうするんだ?」という話に繋がるのがジョブ型雇用の世界です。ジョブ型雇用にする事で上手く回る場があるのと同時に、ジョブ型雇用だけでは経営は成り立ちません。だって簡潔にジョブディスクリプションに書けないような重要な業務なんて沢山ありますから。経営や複合的なことを考える人材まで全部ジョブ型雇用にするようなことは、私はむしろ反対です。

山口:メディアで「○○は古い。これからは△△の時代」なんて言われることはよくありますが、何でも鵜呑みにせずちゃんと理解した上で、自社に合ったものを選択できる事が大切ですね。

大澤:もう一つ大事なのは、その時に経営者がどう旗振りをするのかというところです。人手が足りないのが常態になっていく中で、社員を採用するのか、フリーランスや副業人材を使うのか、M&Aをするのか。何のために集めて、そこにどう時間を使っていくのかを語れる経営者であって欲しいと思いますね。


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