スモールサンニュース大澤徳の“現場レポート”

「建設コンサルタントから就労移行支援事業への新規事業開発
 〜つなぐ力で隣接異業種に挑戦〜」

 今回は埼玉県にある株式会社ホウユウの太田社長の隣接異業種への取り組みを伺います。
建設コンサルタント一筋30年で技術畑出身の太田社長が、コロナ禍をきっかけに始めたのは障がい者の就労移行支援事業『Torepania(トレパニア)』。自社の事務所内に支援事業所を開き、企業一体型の就労支援をすることでCADを含めた実務での「働くスキル」を習得することができるというもの。
なぜ建設コンサルタント業の会社が障がい者の方々に貢献しようと思われたのか、気になり取材してきました。中小企業の人手不足解消に何かしらヒントになるかもしれません。



【目次】
①    設計事務所×就労移行支援 企業一体型就労支援『Torepania(トレパニア)』
②    コロナ禍のテレワークで空いた事務所を活用
③    就労移行支援への挑戦
④    就労移行支援というシステムの重要さ
⑤    一番の課題は就職へのルート 個々の能力を活かすことで人手不足に対応
⑥    中小企業は「つなぐ力」で広がっていく
⑦    多様な人たちを包摂する社会を目指す


設計事務所×就労移行支援
企業一体型就労支援『Torepania(トレパニア)』

大澤 太田さんの元々の会社の事業内容について教えていただけますでしょうか。

太田 事業内容は建設コンサルタントという業種です。道路や橋、トンネル、下水道といった公共工事の分野で、測量はちょっと違うんですが、調査、設計、計画をする仕事ですね。官公庁発注の仕事がほとんどを占めています。従業員は18人で、本社は埼玉県さいたま市です。

大澤 創業から建設コンサルタント1本でやってこられているとお聞きしています。それが今回新規事業に挑戦を始めたとのことですが・・・。

太田 去年の5月から、障害者就労移行支援事業の『Torepania(トレパニア)』を始めました。

大澤 その就労移行支援というのは何ですか?

太田 障害や病気のある方が仕事で役立つ知識やスキルの習得、就職活動などの支援を利用できるサービスです。一般的にはビジネスマナーだったりパソコンスキル、色々な軽作業などをやっているところが多いんですが、当社は建設コンサルタント業でその事業所内にある支援事業なので、設計事務所×就労移行支援事業所の「企業一体型就労支援」で企業から求められる働くスキルの他CADやITに特化したスキルを習得できるというのが他にはない特色ですね。

大澤 御社の設計事務所が就労移行支援施設になっているんですね!



コロナ禍のテレワークで空いた事務所を活用


大澤 就労移行支援を始めようと思ったきっかけはあるんですか?

太田 大きなきっかけの一つはコロナ禍です。当社にも難病を持っている従業員がいたので、すぐにテレワークに変えて幸いにも事業は続けられたのですが、そうすると事務所に誰も人が来なくなっちゃうわけです。広い事務所に車で来る従業員と私の3人くらいしかいなくて。この先どうしようかなと思っていた時に、たまたま就労移行支援事業をやっている人と出会ったんです。それで私も障害者の就労支援に興味があったので話を聞いてみたところ、普通の就労移行支援じゃなくて、事業所内で就労移行支援事業をやるという話だったんです。

大澤 企業内保育所のように会社の空きスペースを間借りして支援施設を作ろうと。

太田 私たちはそれを「企業一体型」と言っていて、話を聞いて面白そうだなと思ったんです。会社の空きスペースを使うと考えた時に、地域のためになる福祉事業で、それもただ障害者に貸すのではなくちゃんと実務で使える技術を身につけることができる就労移行支援は少ない。始めたのは吉川市の支店なのですが、吉川市にはそういう就労移行支援の事業所がないんですよ。マーケティングで地域の病院や支援学校などを回るんですが、みんな「大丈夫ですか、それ」って言うんです。地域貢献としてやるのはいいんだけど、対象になるような障害をお持ちの方がうちの自治体にいませんよと。

大澤 私が見ている限りでも、そういった事業所が多くあるところと全くないところと、自治体によってかなり濃淡別れているように思います。

太田 それっていないから出てこないのか、支援施設がないから出てこないのか分からない。それで後者の方だと考えて、「うちが空いているからやろう」という話になったんです。そこからはすごいスピードで進みました。まず認可を取るために要件があって、例えばトイレがバリアフリーであることとか、面談室があること、一人当たりの平米数も決まっていて定員20人だと60平米くらい必要になる。それでトイレも倉庫も壊して全部仕様を変えて、当初は半分くらいのスペースを使うつもりが、結果的に事務所が3分の1くらいになっちゃいました(笑)。それで事業再構築補助金を使って仕様を変えて認可は下りたんですが、今度は人員が問題なんですよね。エンジニアしかいないですから。それでたまたま近くに福祉事業の福祉畑出身の管理者がいたので、その方を雇ってスタートさせることができました。

大澤 そこまでガラリと事務所が変わってしまうと、社員の反応が気になるところです。

太田 普通は大丈夫かなって思いそうですよね。事務所の半分以上が別の事業になってて、そこを障害者さんたちが使ってるわけですから。「私たちの事務所はどこいっちゃうんですか」みたいな。ところが、結論からいうと、何の問題もなくてむしろ良い感じでした。元々隔たりのない人が多かったのもありますが、コロナ禍の閉塞感の中で新しいことが始まって、事務所が床から壁から新しくなっていくのが嬉しいんですよね。私もこういうときにこそ動くのが経営者だろうみたいな。そして事務所が就労移行支援施設に変わって、新しい人が増えることで引き篭もっている閉塞感に新しい風が入って気分も良いようでした。


(就労支援事業所の面談室)

(ホウユウの職場が覗ける「未来の窓」)


就労移行支援への挑戦


大澤 実際に支援事業をスタートさせてどうでしたか?

太田 最初は、そうは言っても社会福祉…実際に仕事を覚えるのは甘くないぞと思ってたんですが、やっているところ見ているとちゃんとできるようになっていくんですよ。喧嘩したり暴れたりなんていう人は誰もいないし、それに設計をやろうという人達だから、上手くコミュニケーションは取れないんだけどパソコンは得意っていうような子が来るので、何ら変わりないんですよね。また、これもコロナ禍による変化なのですが、就労移行支援施設は本来基本的には通所なんですが、制度が変わってオンラインもOKになったんです。勿論ずっとではなくて決まった回数は通わないといけませんし、自治体の制限もあるのであまりに遠方では無理ですが、それでも関東近辺なら利用できるようになりました。そうしたら今度は障害者だけでなく、指定難病を抱える方等も来るようになりました。

大澤 指定難病って結構種類ありますよね。

太田 自治体によってハードルが違って、障害者じゃないから認めないというところもがあるのですが、難病でもうまく働けないし、そういう人たちが技術を持って世に出られるなら全然おかしくないんじゃないかと思います。

大澤 そうですよね。自治体から見ても、生活保護を受けられるか、雇用されて労働者になって税金を払う側になるかと考えたら大きな違いです。

太田 そういった難病をカバーしているところが実は今までなくて、例えば夜は何ともないし部屋にいれば大丈夫なんだけど、日光に当たると倒れちゃうといった人もオンラインならうちのレッスンを受けられるし、テレワークに対応した就職先があれば在宅で働くことができるんですよ。

大澤 先ほど吉川市には対象者が全然いないのではという話がありましたが、実際にやってみて「割といるな」という感じですか?それとも「思ったより少ないな」という感じでしょうか?

太田 いるんだけど、ここまで出てこない。つまり「やろう」という意識までになっていない人が多いという印象ですね。実際にはもっといるだろうなと思っていて、利用者にうまく周知していくことだったり、口コミなどでももっと増えてくればいいなと思っています。

就労移行支援というシステムの重要さ

太田 当社の近くに子ども向けの放課後デイサービスがあるのですが、当社の前を通ってそこに行っていた子が紹介でうちに来たことがありました。高校3年生になって就職しなきゃいけないけど、支援学校にいたからなかなか厳しいだろうと言われていて、そこの社長さんに「できるか分からないけどあそこに行ってみる?」と聞かれて「行きたい」と言って当社に来たそうです。半分は設計事務所で見た目も綺麗な会社なので、社員と同じ入り口から「おはようございます」と入って、社会人になったのと同じような気持ちでトレーニングができる。それで去年の5月に当社に来て、今ではすっかりCADが使えるようになっちゃいました。

大澤 おお、すごいですね。

太田 それを見た時に、改めてこの就労移行支援というシステムの重要さを感じましたね。そういう上手く就職できない子も、まずは2年間の就労移行という形で社会に出て、そこで勉強してから就職する方が企業側だっていいですよね。学校の先生は次から次へと生徒も来ますし、就職までフォローするのは難しい。でも就労移行支援では就職後のフォローもしますから、もっとこういうシステムが浸透すればいいですよね。それで学校で3者面談をやろうよという話もしています。

大澤 その子はどういった特徴を持った子だったんですか?

太田 おとなしい子で、誰とも喋れなくて、上手く人と接せられないという子でした。それがここに来て自信がついて、楽しそうにしているのを見て放課後デイサービスの社長がびっくりしていました。できることがある、できることが身についたという自信が持てることって大きいですよね。実はその子が当社の支援事業の一人目の利用者なんです。若いけど一番の古株で、今で後から入って来た子に教えてあげたりしていますよ。

大澤 社会に出ることで、できることが増えることってありますよね。

太田 他にもパーキンソン病という難病を抱えた利用者さんで、元々歯科技工士をしていた方がいます。50すぎの方なんですが、それまで設計をしていたのに病気になった途端に営業に回されて、当然結果が出せずに辞めざるを得なくなったんだそうです。こんなの体のいいリストラですよね。それでCADを使えるようになれば病気でも働けるんじゃないかと当社に来て、一生懸命に勉強していました。そうしたら、この前再就職したんですよ。と言ってもCADを使う業種ではなく、元の歯科技工士業界で、「病気の理解があるところをみつけました、ありがとうございました」と。何が良かったって、病気で会社をクビになって、障害者手帳片手に塞ぎ込んでいたら得られなかったことですよね。外に出て、周りにも頑張っている人がいる環境にいることで働くモチベーションを維持することができる。それでうちの業界と関係ないところに就職できるなら、私はそれでOKだと思います。

大澤 目的は就労につながることですからね。

太田 うちではCADを学べるけど、絶対にCADで仕事をしなきゃいけないというわけではない。働くための技術を身につけることが目的だし、それで自信を持つことであったり、「自分でこう生きていく」という意欲を持つことが大事なんだと思っています。

一番の課題は就職へのルート
個々の能力を活かすことで人手不足に対応

大澤 今感じている課題はありますか?

太田 一番の課題は、就労移行支援から実際に地域での就職へとつながるルートがまだまだできていないことですね。就労移行支援って2年間で卒業しなきゃいけないんです。当社はまだスタートして1年半ですが、これが2年3年となっていけば就職が決まらないまま卒業する人も出てくる。一緒にハローワークに行ったり就職活動のフォローもしていますが、もっと違うやり方があるんじゃないかなと考えています。起業は駄目というのもおかしいなと思うのですが・・・。これが就労継続支援B型事業所とかになると、工賃をあげてずっといることができる。でも、それって本当に人を生かしているのかという疑問もあるんです。

大澤 言い方は悪いですが、そんなやり方したら駄目でしょっていうB型事業所は結構いますよね。

太田 社会に出られない人がこれだけいて、一方でこんなに人手不足だ何だと言っているわけです。外国人に頼らなくても、働きたくて一生懸命技術を身につけてる人たちはいっぱいいますよと。コミュニケーションは苦手だけど、とても高い能力を持っている人たちだっているわけです。当社では技術面はうちの現役社員が教えるので、はっきり言ってその辺の大手がやっているeラーニングとは全然違うんですよ。マニュアル見て「操作の仕方を教えます」じゃなく、実際に仕事でやっていることを教えていますので。それで実際にうちで採用しようかってなる人もいる。一番良くないのは、本人の能力や気持ちを無視して「障害者ワーク」をやらせることですよね。農福連携だって、本当にその人が農業をやりたいのなら良いけど、そうではない人に障害者ワークとして農業をやらせるのならどうかと思いますよね。当たり前ですが1人ひとり違う人間なんですから、個々の能力や個性を活かした就労を目指したいと思っています。

大澤 障害と一言でいっても種々様々で、当然障害を持っている方もそれぞれ人格を持っています。こういう能力はありますとか、これはできないとか、そういった個性をフェアに評価してちゃんとはまることが重要ですよね。

太田 就労移行支援がきっかけで、本業で採用が決まった人もいるんですよ。エンジニアを募集したら滋賀から申し込みがあって、オンラインで面接したところ「御社では就労移行をやっていますよね」と。それで自分も発達障害を持っていて就労移行支援事業にも興味があるというので、一度実際に来てみなよとリアルで面接をして採用が決まりました。お母さんも来てて、「この子は人とうまくやれないので、良い会社に入れて良かったです」って言うんですよ。でも凄く優秀な子で、私からするとどこが上手くやれないのか全然分からない。私みたいに思いつきで何かをやることにも普通についてきてくれるし、エンジニアとして本業の仕事もやりながら、就労移行支援に来た利用者さんに教えたりもしてくれるんです。実はこれから彼とドローン関連で新しい事業も始める予定なんですよ。

大澤 地域や業界の中小企業の人手不足に貢献したいと始めた結果、自社の採用強化にも繋がったんですね。

中小企業は「つなぐ力」で広がっていく

大澤 常々スモールサンの会員さんは価値観がフラットで、時代に合わせにいく柔軟さをお持ちの方が多いと思っているのですが、改めてそれを感じますね。

太田 本音で言うと、これまで山口先生の話も聞いてきて、今の事業だけじゃなく何かしなきゃという思いがあって海外へ行ったり色々してきました。隣接異業種の事例も周りでたくさん耳にしながら、なかなか自分ではできなかったんです。管理会計を習っていたので、規模は小さいながらもお金の面で揉めることもなくやってこれました。でも地域の仕事ってあんまりやってきていないので、何か地域の役に立たなきゃという思いもずっとあったんです。なので、この就労移行支援事業との出会いは「やっときた!」という思いですね。売上も上がってきていて、福祉事業が全体の1割くらいを稼げるようになって、本業だけではなかなか越えられなかった壁を越えることができました。

大澤 それはスモールサンとしても嬉しい言葉です。

太田 福祉事業って一人ではできないので、「つなぐ力」がとても重要だと感じています。今度他のスモールサン・ゼミのメンバーとも一緒に連携してやっていこうという話を進めています。勿論絶対に福祉というわけではないですが。私は30年ずっと専門の技術畑にいたので、「自分でやってナンボ」という感覚がありました。でも、それだと自分の「枠」を越えられないんですよね。今回人とつながって、福祉という全く分からない業種に飛び込んで、ようやく分かってきた気がします。

大澤 久しぶりに太田さんとお話して、職人畑の社長から視点や空間が広がっているのを感じました。

太田 そう意味ではスモールサンのおかげですよ。M&Aプロデューサーの萩原さんとはしょっちゅう話しているし、何かあったら一番に相談するのはゼミSAITAMAの栗原プロデューサーだしね。

大澤 連携できる人や信頼できる人がスモールサンで見つかったというのは本当に嬉しいです。

多様な人たちを包摂する社会を目指す

大澤 言い方が難しいですが、社会福祉として障害と向き合わなければいけないという側面がある一方で、障害者であるから社会に参画できないということをこちらが決めるのは良くないですよね。

太田 発達障害と言っても別に変わらないじゃんと私は思うんですけどね。

大澤 健常者だって能力のある人がいれば、ない人もいる。皆できることとできないことがあって、それに合わせて割り振っているだけだから変わらないよ、と障害者雇用をされている会社の方が仰っていました。その通りだと思います。

太田 私は技術のことは詳しいけど、障害のことには詳しくありません。だから私が技術を教えて、CADを覚えてもらって、それで今まで働けなかった人が働けるようになるということが重要なんですよね。もっと言えば、障害者にこだわらなくてもいい。難病もそうだし、老人だって外国人だって、主婦でも誰でも、技術を身につけて社会へ出ることができれば、地域の役に立ったり働きがいや自信を持ってもらえるし、企業も人手不足の解消に繋がります。障害者の親御さんの中には、子どもが障害を持ったのは自分のせいだと思っている人もいたりして、「自分が何とかしないといけない」という思いから逆に壁を作ってしまっているのもあると思うんです。まだ世の中ってそこまで発達していないから。これからもっとインクルーシブな社会になっていくし、していかなくてはいけないですよね。
最後になりますが、当社は「人が生き技を磨いて心を育む」経営理念という経営理念を掲げています。山口先生から「経営理念は実践しなければただのお題目でしかない」と教わったので、今回の記事で取り上げられるような実践できて嬉しく思います。

大澤 今回の記事で太田さんの取り組みに興味を持たれた方はぜひお問い合わせいただければと思います。太田さん、本日はありがとうございました。


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