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大澤徳の“現場レポート”!2022年5月号
中小企業経営者が知っておくべき若者の現状
〜児童養護施設での講演をきっかけに〜
はじめに
4月9日に、児童養護施設で講演させていただくチャンスがありました。この児童養護施設は、スモールサンゼミCHIBAのメンバーでいらっしゃる株式会社ベストサポートの竹嶋 信洋氏が運営する施設です。この講演をきっかけに、最近の若者がおかれている環境について改めて感じるものがあり、皆様に共有させていただきたく思います。
ここ数年でSDGsの理念である「誰ひとり取り残さない」というキーワードを聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。日本は国という単位で見れば、まだまだ恵まれた国ですが、同じ国の中でも見落とされている人々が沢山いるのもまた事実です。
本記事を通して、少しではありますが、中小企業経営者の皆さんに最近の若い人の現状について知っていただき、従業員との関わりや、地域の若年層をお客様として考えられる際の参考になれば幸いです。
きっかけは、スモールサンインターネットラジオから
きっかけは、こちらのインターネットラジオでした。この番組では、筆者が困窮体験からの大学進学や現在の職に至るまでのざっくりとしたストーリーをお話ししました。たまたま、竹嶋氏の耳にとまり、「ぜひ児童養護施設の子どもたち向けにお話しして欲しい」という流れになりました。
ラジオの内容をレポートにまとめた記事もありますので、もしよろしければお読みいただければと思います。
2021年6月別刊号
「世帯年収60万円からの脱出! ~絶対的貧困体験から学ぶ中小企業経営の『勝ち筋』~」
児童養護施設 とは
全国に約600カ所、約2.5万人の子どもが暮らす
児童養護施設は、様々な理由で親や家族と一緒に住むことができない子どもたちが暮らす施設です。子どもたちのために、安定した生活環境を整え、生活指導、学習指導、家庭環境の調整等を行いつつ、児童の心身の健やかな成長と自立を支援する機能を有しているとされています。厚生労働省の資料によれば、2020年3月末時点で、全国に約600カ所の施設があり、2〜18歳の約2.5万人の子どもが暮らしています。
以前は、両親が亡くなってしまい暮らす場所がない子どもが暮らすことが多かったようです。しかし現在、児童養護施設で暮らす子どもは、虐待を経験している子どもが多いようです。じっさい、児童養護施設で暮らす子どもたちのうち、虐待を受けた経験があるのは65.6%で、入所後にも専門的なケアの必要性が増しています。
この児童養護施設について、私は国や行政が運営しているものだと思っていたのですが、社会福祉法人や株式会社などの民間団体が運営している施設も沢山あるようです。
児童養護施設では18歳になると多くが就職へ
文部科学省が公表した2021年度の大学進学率は54.9%と、過去最高を記録しました。一方、児童養護施設をでた子どもの大学進学率は2020年時点で17.8%と、厚生労働省が発表しています。一般的な家庭環境の子どもの約半分が大学進学を選んでいる中、児童養護施設出身者の多くは就職の道を選んでいることがわかります。国による別の統計によれば、児童養護施設で暮らした方で大学卒業の学位を持っているのは1.7%という調査結果もあり、子どもの教育環境に大きな差があると考えられます。
子どもが大学に進学するには、①大学への学費、生活費などのお金の課題 ②大学へ合格するのに必要な学力の課題 ③そもそも大学へ行く意義がわからず、勉強や進学への意欲を持てない・保てない、という課題があると思います。一般の家庭でもこれら①〜③の課題には、多かれ少なかれ直面すると思います。もしかすると、一般の家庭にとっては②が一番のハードルと感じられるかもしれません。
児童養護施設の方にとってはどれも難しい課題だと思いますが、私は最も難しいのが③の課題なのではないかと感じています。
社会的な体験の差が生む格差
子どもは家庭での体験をもとに育っていきます。家庭によって遊ぶ内容は様々で、映画を観る、本を読む、美術館や博物館に行く、自然の中で遊ぶ、図書館に行く、など多岐にわたります。これらの遊びを通して、いろんな場所に行ってみたり、いろんなことを感じることで、子ども自身がどういう人生を送りたいか、職業観を育むか、といったことを考える糧になっていきます。人によっては不思議な話に感じるかもしれませんが、家庭環境によっては、住んでいる地域から出たことがない、旅行したことがないのでホテルに泊まったこともないし、新幹線や飛行機に乗ったこともない、外国の方と話したことがない、親が料理をしているのを見たことがない、大学生や大学出身者を見たことがない、という子どもが存在したりします。
大学に行くのが当たり前という環境で育った子どもであれば、自分も大学進学するのが当たり前と感じやすいと思います。ところが周囲が、中学や高校卒業後に就職するのが当たり前という状況であれば、自分も同じようにするのが当たり前という感覚になるのも不思議ではありません。
このような社会環境の違いにより、児童養護施設の場合には「③そもそも大学へ行く意義がわからず、勉強や進学へ意欲を持てない、保てない」子どもが多いのではないかと思います。
こういった差は、「児童養護施設」と「ふつうの家庭」との間に存在します。加えて、「地方」と「都会」の間にも、かなり大きな差が存在しているように思います。もっといえば、「田舎」や「都会」の中でも、たくさんの情報に触れている情報強者層と情報弱者層とに分かれています。どんな世界にも格差があるのは致し方ないにしても、筆者の想いとしては、子どもの生育・学習環境はどんな子どもでもある程度恵まれていて欲しいと願っています。
「奨学金」という名の事実上の学生ローン 毎年3,000人が自己破産
仮に、様々な環境を乗り越えて一生懸命に勉強を頑張り、奨学金を借りて大学進学を果たしても、卒業すれば社会人になってからの長い返済がはじまります。
奨学金と聞くと、給付型――もらえるお金と思われる方もいるかもしれません。しかし、日本で奨学金とよばれるものの多くは貸与型で、簡単にいえば「返済義務がある借金」です。奨学金を英語にすると「Scholarship(スカラーシップ)」で給付型の意味になりますが、日本の奨学金は無担保・低金利の「Student Loan」で要保証人です。
現在、奨学金を借りている学生は2人に1人を超え、教育を支える社会の重要なインフラとなっています。日本学生支援機構の統計によれば毎年100万人を超える18歳前後の若者が、平均で約300万円以上の奨学金を借りる事を選択しています。現在の日本学生支援機構の総貸出額は約10兆円、400万人を超える方が返済中です。おそらく、児童養護施設 出身者、シングルマザー家庭、地方出身者(自宅外通学者)などは、一般の家庭に比べて奨学金の利用比率は高いのではないかと思います。
奨学金が、貧富の差を乗り越えて教育機会の均等を実現するために役立っていることは事実です。しかし、その一方で、奨学金を借りている方のうち毎年約3,000人程度が自己破産しているという事実もあります。教育機会の均等を実現するために、どこまでを子ども本人の自己責任と捉えるのか、改めて再考する必要があるように思います。
とある方に上記の奨学金についてのお話をしたところ、「そういえば、自社に日本学生支援機構から電話がかかってきて、社員が奨学金の返済を延滞していることを知った。そのときに、奨学金制度を利用している若手が多い事を知って驚いた」とお話しされていました。もしかすると、貴社の社員の中にも奨学金の返済をしている若者がいるかもしれません。
奨学金を抱える従業員を雇用する社長に伝えたい取り組み
〜企業と自治体の奨学金返還支援〜
日本学生支援機構から奨学金を借りると、就職した1年目の秋から返済が始まります。多くの場合、社会人1年目ですと、まだまだ家計が苦しい頃に返済が始まるので、当人にとって奨学金の返済はかなり重荷に感じられると思います。ただ、企業の立場からすると、他の従業員との公平さを考え、奨学金を借りている方だけ昇給させるわけにもいかないというのも、また現実かと思います。
そこで、経営者の皆様にご紹介したい制度が2つあります。
1つ目は「企業の奨学金返還支援(代理返還)」です。
これは、奨学金を受けていた従業員に対し、企業が返還額の一部又は全額を支援するというもの。企業が日本学生支援機構へ直接に奨学金の支払いを行った場合、従業員にとっては所得税が非課税となる可能性があり、企業側にとっては給与として損金算入できると、日本学生支援機構は案内しています。
この制度を利用した企業は日本学生支援機構のウェブサイトに掲載されるようですが、2022年4月15日時点では、わずか29社しか掲載されておりません。この制度の認知度が低いのか、それとも企業側から掲載依頼が少ないのかはわかりませんが、経営者の皆様にはぜひ知っておいてほしい制度です。
詳細は、上記の画像や下記のURLをご参照ください。
日本学生支援機構 企業の奨学金返還支援(代理返還)
2つ目は、「自治体による奨学金返還支援」の取り組みです。
内閣府地方創生推進事務局のウェブサイトによれば、2021年6月1日時点で、33府県487市町村が奨学金返還支援に取り組んでいます。これらの制度は、自治体内の企業に若者が就職する場合に、若者が抱える奨学金の返還を自治体が支援することで、若者の地元就職やU・I・Jターンを促すことを目的にしています。
下記のウェブサイトから、全国の自治体の支援取り組みをお探しいただけます。ぜひ皆様の地域の自治体の取り組みをチェックしてみてもらえればと思います。
「奨学金」を活用した大学生等の地方定着の促進
日本学生支援機構 地方創生の推進
多様な従業員の居場所としての中小企業
今回の記事では、様々な若者がおかれている環境について紹介させていただきました。若い世代の貧困の問題は、残念ながらすぐに改善するとは思えない状況にあります。こうした若い世代の状況を、ただ「かわいそう」と感じていただきたいのではなく、そこに「未来の従業員がいるかも」「もったいない」「チャンスがあるかもしれない」と捉えていただく事はできないだろうか、という想いでこの記事を書きました。
中小企業がおかれている状況もまた多種多様です。日本の各地域が維持されるためには、現実的には様々な困難があるとは思いますが、多様な従業員を包摂できる中小企業の存在は必要不可欠です。現在の日本の若者がおかれている状況に少しでも目を向けていただけるきっかになれば幸いです。